福井県立勝山南高等学校 本文へジャンプ
校長挨拶


閉校の御挨拶

第22代 福井県立勝山南高等学校長 船木繁樹

 本校は、昭和17年に勝山機業兄弟合資会社(現 ケイテー株式会社)社長、荒井由松氏の崇高な理念により創立されて、今年でちょうど70年目となります。

その歴史を紐解いてみますと、昭和17年に私立勝山精華女学校として開校し、その後は勝山精華高等女学校、勝山精華高等学校として、男女共学の定時制高校としての歴史を重ねてきました。昭和29年には、県立に移管され、福井県立勝山精華高等学校となり、『働学(どうがく)一如(いちじょ)』を校訓に働きながら学ぶ生徒の教育という使命と責任を果たしてまいりました。また、平成元年の学科再編により、全日制の情報科・経営実務科・生活経営科の3学科からなる現在の福井県立勝山南高等学校として新たな出発を遂げました。新たに『自立 友愛』を校訓に掲げ、自己を確立し、優しさや助け合う心を持った人づくりにまい進してまいりました。再編当時の校長は、普通科から職業系に大きく舵を切った理由や背景等の概要につきまして、「普通科では特色が出しにくく、地域の実情に対応し、地域産業のニーズに応えた人材を育成する。また、サービス産業に強い女子を育成し、地元定着を図る。」と述べておられます。それ以降、奥越の商業科教育、家庭科教育の充実発展に鋭意努めてまいりました。

また、部活動では、ソフトボール部、バレーボール部、バスケットボール部、バトミントン部、スキー部、野球部、陸上部などや、演劇部(今年度5年連続県代表、中部地区大会出場、全国大会出場)、調理部、OAビジネス部、ボランティア部、音楽部、弁論部、文芸部、新聞部、バトントワリング部など、運動部、文化部ともに全国大会や北信越大会出場など果たすなど華々しく活躍する部、地道にしっかりと自分の才を伸ばす部など多彩でありました。

創立以来、地元産業のかげりや経済不況、オイルショック等幾多の苦難を乗り越えながら、70年の歴史を刻んでまいりました。その間、9,000名有余の人材を輩出し、勝山南高等学校としては、2,200名を越す卒業生を送り出し、その皆様は、奥越はもとより各地・各分野で活躍しておられます。

閉校が決まって以来、特にこの1年間は最後にふさわしい有終の美を飾ろうと、閉校プロジェクト「紡」をたちあげ、生徒と教職員、PTA、同窓会が一丸となって学習に、部活動に、学校行事等諸事に取り組んできました。とりわけ学校祭では、県内外の学校と連携し、到底65名の生徒と教職員だけではなしえなかったであろう、盛大な学校祭を行うことができました。更には、本校の校歌の作詞者である津村節子先生をお迎えしての講演会や大同窓会は皆の力を結集して、成功裏に終えることができました。商業科・家庭科ともに地域イベントに参加して、いろいろと御指摘を受けたり評価されたりしたことで、生徒が教師と一緒に汗を流してよりよい作品作りやファッションショーなどに取り組んだ姿も強く焼きついています。最後の卒業生はこれらの思い出とともに皆さんに育てられたことによる「自信と誇り」を持って卒業していきました。

本校は、その歴史に幕を下ろしますが、本校と大野東高等学校とが統合された奥越明成高等学校に歴史と伝統を引き継ぎ、一層発展していくものと堅く信じております。そして、70年にわたり、そのときどきの若者が学び、語らい、部活動に励み、ときには、笑ったり、汗したり、涙して青春を謳歌した学校は閉じますが、同窓生・PTA・地域の皆様方や関係機関の方々の心の中に本校を永遠に刻んでいただければこれ以上の幸いはございません。

終わりに、70年の長きにわたりまして、御指導御支援をいただきました県御当局、本校を支え生徒を慈しみ育てていただきましたPTA・同窓会・地域の皆様、歴代校長をはじめ旧職員の御努力に敬意と感謝の意を表します。併せまして、本校に関係しました全ての方々に感謝申し上げますとともに今後の御健勝と御多幸を祈念申し上げまして、惜別の御挨拶といたします。